NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第54回コラム(Aug/2007)
テロワールと人 その5 ~Rippon Vineyard/リッポン・ヴィンヤード~
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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ワインの醸造を勉強して、もうワインに関わるのやめようかなと思ったことがあります。それは、あまりにもワインに対する操作が多かったからです。これはたぶんタブーとしてあまり語られていないのでしょうが、ジュースを煮沸殺菌して遠心分離機にかけ、イオン交換機にかけて酸度を3回も調整、色素を抽出する酵素を足して、水分だけ取り除いて濃縮、合成化学薬品にて清澄etc、etc…。一体これはワインなのかそれとも工業製品なのかと嫌になりました。なにがテロワールか、なにがいいワインは畑からかと。唯一の救いは、自分が今までに飲んできたすばらしいワインはこうやってつくられているはずがない、そしてそれを確かめるまではやっていこう、という思いでした。

その後も懲りずにワイナリーを訪れるうちに、また段々面白くなってきました。それは、いかに最新設備を揃え、全て重力によるナントカというシステムがこう働いて、ナントカの影響をなくし…と説明されても、最終的にできたワインの品質が比例しないことがしばしばだったからです。

自分の好みが歪んでいるといわれればそれまでですが、やはりワインは一筋縄ではいかないし、だからこそやりがいがあると思えるようにもなりました。

ニュージーランドで一番完成された美しいテロワールと称される、リッポン・ヴィンヤードは、セントラル・オタゴの中心からやや離れた、風光明媚なしゃれた湖畔のリゾート地ワナカの、鴨がたわむれるワナカ湖のほとりにあります。

見るものを魅了してやまないその湖を臨む景色と、ここで隔年開かれる音楽祭は非常に有名ですが、ここもバイオ・ダイナミクスの生産者であることは意外に知られていません。家族一丸となってきりもりしているリッポンの3代目であるニック・ミルズ氏は、フランスでワインを学んだ親フランス派。

訪れた時は恐ろしい強風の日となり、そんな中、ニックはバイオ・ダイナミクスの生産者のセオリーどおり?やはりまずは畑の説明から入りました。どっか風のないところでしてくれないかなぁなんて思いつつ、ここの歴史に始まり、手を土だらけにして堆肥の説明、土地に関する哲学と話は進んでいきました。

「太陽の周りを回る天体、地球を回る月はいわば、原子の回りをまわる電子のスケールを大きくしたようなもの。電子がいかに原子に対して影響をもっているかは、わかるだろう?」「地球は固体、液体、気体3つの要素が全て詰まった貴重な星だ。しかしながら生命は、その表面の、ほんの薄い膜ともいえる部分にしか存在しない」「生物の95%は水なんだ。ブドウ、そして人間の大部分も水だ。海の水位が月の引力であがったりさがったりするんだから、それが生物の大半を形作る水にも影響があってもなんら不思議なことはない」矢継ぎ早にバイオ・ダイナミクス学と持論を展開し、いつの間にか自分のノートの書くスペースは埋まってしまいました。

なかでも、土地の循環性に対する見解は興味深く、自身の土地が流れるように全てを円に見立てて配置するとのこと。だから土地に生命を与える堆肥は牛の糞その他がまじっていたりして来客に嫌がられようがなんだろうが裏に隠すことはなく、ここでは土地の中心に位置しているようです。本人の表現曰く、“fertilisation/施肥”ではなく、“Inoculation of beautiful microflora/美しい微生物層の注入”(かなぁ?)だそう。

なんだかブドウの木がみずぼらしいなぁなんて思っていたところ、間髪入れずに「ここの木は実はこれですでに7歳なんだ。この風の影響で育つのに苦労している」との説明。「そうだ、向こうの畑で最近特殊な植樹法で木を植えたばかりだから、そっちに行ってその話しをしよう」そういって湖に向かって1段下っていったところ、今まで髪の毛100本くらい減ったんちゃうかと思うくらい吹いていた強風がピタリと止みました。「あそこの小島、Ruby Island/ルビー島に風がぶつかり、ちょっとスピードを緩めて回転させてやや上昇させる。だからこの湖畔に近い畑では風がないんだよ。さっきの畑では、その慈悲は得られていないけどね」ああここに来てよかった、テロワールを体験できた瞬間でした。

適度な風は湿気を吹き飛ばすのでじめじめした環境を好む多くの病害を防ぐ効果がありますが、強すぎる風は物理的に若い芽や新梢にダメージを与えて育たなくするばかりか、せっかく出てきた葉も吹き飛ばしてしまうため、ここの“みずぼらしい”木のように成長を著しく阻害されます。最近は新梢の向きをワイヤーでコントロールするのですが、風が強いとそのぴんと張られたワイヤーにこすれて折れたりだめになってしまうものも出てきます。なんでも過剰はよくないということですね。

獣道をあがってワイナリーにもどったあとは、こちらが質問する以外に特に話もありませんでした。おじいちゃんがヤギを放牧していた時の小屋をいじっただけのワイナリーには、ミルトンのようにせせこましい設備があるだけで説明が必要なような新しい機械は特に何もなく、フランスから研修にきている男の人が樽の目減りをワインで補っているところでした。

「さて、これがブドウを受け取るところで、これがタンクで、これがまあ樽の貯蔵場所」ものの1分少々で案内し終わったあと、まずはタンクからどろどろしたリースリングをテイスティングさせてくれました。おいしい。やはり違う。やっぱり、なにかある。そこでいつも気になっていた質問をぶつけてみました。

「仮にバイオ・ダイナミクスがテロワールを一番正しく表現できるブドウをつくれるとしましょう。では、ワイン醸造では?何がテロワールを正しく表現する方法なのですか?だって、バイオ・ダイナミクスにはワイン醸造に関する規制がないじゃないですか。逆浸透膜つかったって何したって、やっぱりバイオ・ダイナミクスと謳えるじゃないですか」ニックは少し考えたあと当たり前のようにこう答えました。「そうだね、その通り。でもウチでは、畑で得られた要素をできる限りワインになるまで保つことだけを考えている。だから発酵前の澱引きもしないし、自然発酵だし、発酵中の酵母への栄養添加もしないし、清澄、ろ過もしない。これがウチの答えさ。さてでは、ピノを味見しようじゃないか」

無造作にならんだ樽から出てきたそのピノ・ノワールはとてもみずみずしく美しいとさえ思え、言葉に詰まりました。

「これ、おいしいだろ?」

それでいいじゃないか、ニックの少し微笑んだ顔は、そう語っているように見えました。

Photos by Makiko2007年9月掲載

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